死の言葉(1)

生命保険営業の本質!

 このところ面会の回数が増えています。

 前回のセミナーで新たな受講生と出会えて、WEBセミナーでも出会えて、面会希望のメッセージが来てZOOMでお話しして……先週はほとんど仕事をしなかったけれども(体調不良ではありません)、有意義な時間が多かったので良かったです。

 そうやって初対面の人たちと会って話をしていると、気になるのは出てくる言葉。
 苦痛と不満と愚痴のオンパレード。
 「日々、つらいのだろうな〜」とは思うけれども、その言葉がますます自分をつらくしているんだぜ?
 人間の脳と体はそうできているのです。
 それを科学的に認識できていないといけません。


 ソニー生命に入った時、杉ちゃんというとっても爽やかな先輩に、こう言われました。
 「この仕事になるとね、愚痴や悪口はなくなるんだよ」って。

 私は「そりゃそうだろうな〜」と思っていました。
 だって、上司はいないから命令する人はいないし、義務は週2回のミーティング出席だけだしね。オレは半年くらいで勝手に週1にしたけど(笑)。
 どんな組織にも存在する「仕事ができる・できない」という評価さえない。
 売らなかったらお金をくれないだけ。
 だから、文句を言われる筋合いもありません。
 すべて自分の責任。
 愚痴や悪口の対象がないのだから、出るはずがないのです。

 ところが!
 多くの人が、会社で「詰められちゃっている」んだよな〜。
 地獄社、準地獄社はもちろんのこと、今ではソニーやメットライフのようなメーカーであっても。
 「なぜにここまでレベルが下がったのか……」と思うばかりです。
 マジで「終わっちゃってるよな」としか言い様がないのだけれども……理由は明らかなんですよ。3つあります。
 ただし、長くなるからここでは書きません。


 オレ、サラリーマンの時代から、いわゆる「説教状態」って、非常に良くないと思っていました。
 いや、例えばいつもだらしないとか、何度注意されても他人の迷惑になることをやるなんてのは人間性の問題であり、それを注意するのが管理職の役目ですよ。
 でもね、いわゆる「説教状態」「詰められている状態」って、それとはかなり違うと思うんだよね〜。
 なぜなら「揚げ足取り」だから。
 相手に非があって(と会社的に規定できて)、その事実を元に、反論できない相手に対して、「なぜできない!」「どうなってるんだ?」「やる気があるのか?」と詰める……。
 やっている人間は、どこまで意識しているかは人によって違うだろうけれども、それによって優越感や快感を感じているのだろうからね。
 それってかなり「人として薄汚い行為」ですよ。
 「恥を知る者」にはできない行為です。


 で、今日、何気なく本を手に取ったのですよ。
 タイトルは「モチベーションの心理技術」。

 いわゆる「モチベーションアップ」という考え方は、既に40年以上も前に否定されている(終焉を迎えた、完全に時代遅れの)考え方なのです。
 だから、最近刊行された本なのに「モチベーション」などという言葉を使っているから、「一体何が書かれているのかな?」と思い、パラパラとめくってみました。

 いや〜、すごかったな〜。
 最近の脳科学の発展は驚異的です。
 もはやかつての「モチベーションアップ」という概念とは真逆のことが書かれていました。

 そこで衝撃だったのは、第5章が「死の言葉」というタイトルだったこと。
 私は昔から「地獄社・準地獄社」という分かりやすい言い方をしているけれども、「死の言葉」という言い方はすごいな〜と思ったら、聖書に「生も死も舌の力に左右される」という言葉があるんだって。

 その「死の言葉」を日々営業マンに浴びせている会社がある。
 それが仕事だと思っている人間がいる。
 これこそが「ミーティングで詰められちゃっている状態」。
 「これって、マジで最悪で、会社の生産性を下げるんだぜ?」というのが本の主旨なのです。

 (後編に続く)